2010年09月18日

区民文教委員会・その4

長くてすみません。前回の記事の続きです。

下記イタリック体の部分は傍聴者のレポートです。
テープ起こしではなく、メモと記憶をもとに起こしてくださったので、
多少違う部分があるかもしれません。ご了承ください。


次は共産党の鞠子議員の質疑だったようです。
これが、動議とかという事態になったそうで、
経緯や何が悪かったのかがわからないので、そのあたりの部分は
抜粋しないようにします。

(鞠子議員)
教育長は、子どもが大事か建物も大事かと聞かれ、なんと答えたのか?

(教育長)
子どもが大事。

(鞠子議員)
それは違うでしょう。両方が大事なのです。
それも普通のものではなく、重要文化財の建物です。


おっしゃる通りです。私たちは、決して子どもをないがしろにして
ただ建物を残せばいいと考えているわけではありません。
どちらのためにもなる道を考えられないかと提案しているつもりです。

(鞠子議員)
文化財審議会委員の保存要望書を「有志から」と言っているが、
8名の委員のうち、区の職員である委員を覗き残りの7名の有識者が
要望を出しているが、重く受け止めていないのではないか。
明石小の改築計画は平成18〜19年から始まったが、
平成18〜22年の文化財審議会で、復興小について諮問したことがあるのか。

(図書文化財課長)
やっていない。

(鞠子議員)
改築協議会議事録に、文化財をテーマに設定がない。
文化財であるという情報提供もしていない。
その視点での議事録がないが、文化財をテーマに設定したことがあるのか。

(教育委員会副参事)
やっていない。

(鞠子議員)
3月22日までにPTAの説明会を行い、多い時で、30〜50名
少ない時で、8〜9名の出席があった。
その時も文化財価値をテーマにしていないのか。


(教育委員会副参事)
テーマにしていないが、出席者からは意見が出ていた。


教育委員会は、明石を文化財として認識してなかったのでしょうか?
それとも、わかっていながら、テーマにしなかったのでしょうか?

(鞠子議員)
玄関の解体を始めているが、記録は取っているのか。

(教育長)
建築学会が協力してくれないので、設計会社に委託している。

(鞠子議員)
日々解体が進んでいる。

(吉田副区長)
建築学会の指摘を参考に設計事務所と相談しながらやっている。

(鞠子議員)
記録保存とはそんな簡単なものではない。記録保存も充分行わず、
埋蔵文化財調査も終わらない内に解体するのは、おかしいではないか。


このあたりで鞠子議員の持ち時間が終わってしまったそうです。

埋蔵文化財調査が終わらないうちに解体する理由は、私も疑問です。
なぜ、そこまで急いで壊すのか…
このお返事が聞けなかったのは残念です。

しかしそうですか、記録保存は少なくともしているんですね?
出来たら勿論閲覧できるのですよね。
壊しながらの記録保存がどんなものになるのか拝見したいと思います。

さて、これで明石の議題は終わったようです。
議事録は7月の分までしかまだ出ていないので
傍聴もしていないし抜き書きだし私の感想付きで
申し訳ありませんが書いてみました。
すべての発言に興味のある方は、議事録のページの更新をチェックしてください。
それを読まれるのが一番公平に、中央区で何が起こっているか、
どういう人たちがどういう考えでどういう主張をしてるのか
明石がなんのために壊されるのか、正確にお知りになることが出来ると思います。

posted by 中村 at 03:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 明石建て替え関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

区民文教委員会・その3

前回に続いての区民文教委員会のレポートです。

下記イタリック体の部分は傍聴者のレポートです。
テープ起こしではなく、メモと記憶をもとに起こしてくださったので、
多少違う部分があるかもしれません。ご了承ください。


次は公明党の田畑委員の質問だったようです。

子どもの教育的見地ののためとこれをかさにきて、何でもやるのは問題がある。


というのはよくぞ言って下さったと思いました。

今日まで行われてきた委員会の在り方も、
もっと意見を深める場であるべきではないか?


と、文教委員会のあり方にも問題提起なさっている。ごもっともです。

また
明石小学校の件は大きな波紋を呼んで、議論があった。建築学会、
建築家協会から保存要望があった。地域にあっても署名要望があった。
そうした中で、報告にもあったが改築を要望する請願が20年前にあった。
先生方もそこの紹介議員になっている。当時も老朽化が問題になったが、
それがまた新たに持ち上がった。
経緯もわかった。言い分もわかった。
最近の動きの直近のことで、先週望む会の方々と意見交換したと聞いている。
その時の要旨を聞きたい。


との質問が続く。

(区長)
明石の計画について色々騒がれていて、恐縮です。
9月2日に望む会の中村敬子さん、愛知の大学のHさん、
建築家のTさんとみえた、みなさん立派な方方です。
区長、副区長、教育長3人で面会しました。
中村さんは卒業生だが、請願のこと知らなかったようだ。
当時は話題になった。
中村さんが校舎に愛着があると述べていて、それはよくわかる。
京橋小に自分の兄弟も通ったので、気持ちはよくわかるが、
経緯があって、改築に踏み切った。
教育的、安心、安全でなくてはならないと言った。
理解頂いたのではないかと思う。


…その日の私のツイートです。
もうそろそろ諦めろよ、と言われるのでしょうが、
そう簡単にあきらめられるような建物じゃないから、まだ諦めません。
「ご理解ください」という言葉に対して、「はい」とは言えません。
少なくとも私は言いません。
そしたら「納得頂いた」と言われてしまうのでしょう?


実際、ご理解くださいという言葉にうなずきもしませんでした。
会談は「明石のことは、声明文や記者会見した通りで、
それ以外言うことは何もない。
今後の復興小のためのリノベーション案を聞くのだ」
という風に、最初から秘書さんや副区長さんに言われていたので
私の出る幕はほとんどなかったわけですが。

会談の最中、私は、区長さんのお顔をずっと見ていました。
母校の京橋小のお話をなさる時の嬉しそうなお顔を見ると
私の気持ちは分かるという言葉は本当だと思います。

そして、「京橋小も、今でも残っていたら
重文になったかもしれない」などとおっしゃるのですから
私が「ご理解」出来ないのもおわかりではないでしょうか。
ですからしつこく続けさせていただきます。

区民文教委員会・その2

前の記事に続いて、文教委員会の模様と所感です。


下記イタリック体の部分は傍聴者のレポートです。
テープ起こしではなく、メモと記憶をもとに起こしてくださったので、
多少違う部分があるかもしれません。ご了承ください。



自民の原田議員の質問でのやり取りの部分のレポートです。

(原田議員の質問)
学会の動きをどう受け止めているのか?


(教育長)
5月20日には重文とは言っていなかったのに、
子ども達のお別れ会も済んだ後の7月9日になって重要文化財の見解が出てびっくりした。
文化価値と行政的判断との選択をしなくてはならない。
文化財的価値については、既存建物の意匠を継承するなどして、
子ども達の幸せを第一に考えて決定した。


「びっくりした」…ってこちらもびっくりしました。
文化財審議会を諮問したりするのは、教育委員会だと聞いていましたので。
それもせずに、建築学会が言うまで、文化財の価値もわかっていなかったのでしょうか。
というか、2月に建築学会が要望書を出している時点で、重文かは分からずとも
文化財的価値が高いことはわかったわけですよね。
なのに無視していたということは重文じゃなければ壊すということになりますから
なんだか非常に残念な気持ちになるわけなのですが。
だって重文に指定されない建物は、
これからもジャンジャン壊されていくということですものね。
それに現存建物の意匠を模倣することが
文化財価値と何の関係があるのか、わかりかねます。
そしてその偽物を子どもたちに与えることが
子どもたちの幸せなのかも、私にはわかりません。

この後も、この「子どもたち」という言葉がずいぶん出てくるようです。

(原田議員)
…復興小学校の意義は何かと問うてみる。
大正12年に起こった大震災により東京は大被害を受け、
生きているのも精一杯だった。その中で教育こそが大事だと校舎を建てた。
建物の価値云々ではなく、その心を受け止めることこそが大切である。
復興建造物は学校だけでなく、公園、橋などもあり、
築地市場も復興によってできた。復旧ではなく、復興であった。
新たによりよいものを作ることが復興であり、その役目は終わった。
復興の指揮を執った後藤新平は、人を大事にし、人材は作るものと言った。
校舎が重文相当であると言うことは大変(?聞き取れず)なことであるが、
しかしながら、学校という場合に、建物が宝だというが、
大事なのは、建物ですか?子どもですか?


(教育長)
子どもです。

(原田議員)
終わります。

ああ…。
では、「地域を愛し、地域の歴史や文化、伝統を保存・継承し、
地域の発展に努める子どもの育成」(中央区の教育を考える懇談会)はどうなるのでしょうか?
○ 中央区を愛し、誇りに思う心を育成することは、
日本の文化を理解する心につながる。
○ 地域の歴史ある伝統文化、産業、地域の方々の教育力を生かし
「地域を愛する子ども」「地域の発展に努める子ども」の育成を図らねばならない。
また、「広い視野に立ち、世界で活躍できる子どもの育成」の項にも
(1) 歴史と伝統を大切にする教育の推進
 ・「総合的な学習の時間」等における伝統工芸、伝統文化を体験する活動の実施による
  保存、伝承、発展を意図した教育活動の推進
 ・郷土資料館、歴史的建造物等の見学を通した郷土愛を培う教育活動の促進

…とあります。
とってもいいこと書いてありますよね。
私もそう思います。中央区の歴史、明石の歴史を知って、
誇りに思ってきたのですから。

でもその役目は終わった?
…終わった?

「大正12年に起こった大震災により東京は大被害を受け、
生きているのも精一杯だった。その中で教育こそが大事だと校舎を建てた。
でももうその役目は終わった。」

そう、子どもたちに継承していくのでしょうか。
それが、子どもたちのためなのでしょうか。

私にとって、それはあまりに悲しいことです。
明石校舎が気の毒で仕方ありません。

posted by 中村 at 01:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 明石建て替え関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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