2010年09月09日

9月10日イベントのお知らせ

今日、玄関の柱がなくなりました。

明石解体.jpg

こんな写真をお見せしたら、私以外にも明石を愛する方々は、
きっと泣いてしまわれるかも知れませんね。

突然話は違いますが、

数年前に、広島平和記念資料館に行きました。
ツラいことから出来れば目を逸らし抜きたい
軟弱者的には、正直気が重かったのですが

海外からのお客様のご要望。私も仕事です。
泣かないように、覚悟を決めて入りました。

学生時代に見た長崎の資料館では
お年頃の感受性の強さゆえに、
酷い、怖い、惨い、というショックに終始して、
その上半分以上眼を逸らして通る始末でした・・・

しかし広島の資料館では別の感情、ある種の感動を覚えたのです。

そう、感動。

向こう75年草木も生えぬと言われたヒロシマに、
健気にも芽を出した草や、
被爆し枯れたと思われた木から萌え出る若芽の写真。

もう再生出来ないだろうと誰もが思う、一面の焼け野の写真と、
こんなにも立派に復興した広島の人々に。

凄惨な展示にも耐えたのに、まさか若芽に泣かされるとは。

いのちあるもの。
その強さに、いじらしさに、心を打たれました。
偉い!凄い!ありがとう、と。


自然界には、こんなに過酷な状況に立ち向かう圧倒的な力があって、
ひともまた、その自然の一部であると感じることが出来たのです。
それが、ひととして、たまらなく誇らしく、思った。

そして、話は明石に戻ります。
関東大震災で焼け野原になった3年後に建てられた明石小学校。
その話を聞いた時には
広島のあの被爆した木から萌え出る若芽を見た時と同じような感動を覚えました。
破壊と再生。世界はこの繰り返しなのかもしれません。

そうだとすれば、あの若芽のように、私たちもならなければいけません。

9月10日 19時、私たちは明石を「再生」します。
それは先人たちの偉業に比べれば、とてもとても小さい「再生」です。
それでも多くの明石を愛する人たちの力で、
この明石を本当に再生することが出来ると信じたい。
そのために、私たちの小さな芽も、決して無駄ではないと、信じたい。

明石を愛する方々が来てくださるのをお待ちしています。

posted by 中村 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 保存活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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