2010年10月30日

2010年10月29日のつぶやき

akashi77 / 中村敬子
速報です!11月21〜23で、あかしのイベントをします。内容、詳細は未定ですが、場所は一回目の写真展を開催した築地の若松屋。ブラタモリでも紹介された築地本願寺の近くの、古くてステキ建物です。まだ予定の入っていない方はどうぞ築地に遊びにいらして下さいね。 #akashi_hozon at 10/29 17:58
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2010年10月27日

2010年10月26日のつぶやき

akashi77 / 中村敬子
ブログ更新しました。今朝の「時の話題」です。 http://akashihozon.seesaa.net/article/167242415.html #akashi_hozon at 10/26 15:07
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2010年10月26日

「時の話題」近代建築総覧をめぐって

本日のNHKラジオ第一の「時の話題」です。

近代建築の保存‐『日本近代建築総覧』をめぐって

 赤レンガのJR東京駅舎は明治時代に建てられた当初の姿に戻す復原工事が
すすめられていますが、その一方で関東大震災の後に建てられた
復興小学校や東京中央郵便局は、保存のあり方をめぐって
大きな問題を投げかけました。

 きょうは、都市の記憶を将来に伝えていく上で大きな役割を果たす
近代建築の保存の問題について毛利和雄解説委員に聞きます。

 

 Q1 近代建築の保存の問題、何度か取り上げていますが、きょうは何の話題ですか?

 A1 近代建築の調査と保存の話です。

東京中央区は七つの復興小学校の内、国の重要文化財級の明石小学校を
建て替えのために校舎を取り壊すことになりましたが、
常盤小学校と泰明小学校は保存再生できないか検討するとの方針を
打ち出し、明暗を分ける形となりそうです。

 残すことを検討する二つの小学校は、東京都の歴史的建造物に
選ばれていることがその根拠と見られますが、東京都が選んだ理由は
『日本近代建築総覧』で「おすすめ建物」だとして
二つとも○がつけられており、もう一方の明石小学校は
ノーマークなのが理由になっているものと見られています。

 Q2 同じ復興小学校でも明暗を分けることになった原因を
つくったかもしれないというというその『近代建築総覧』
というのは、どう言う本ですか?

 A2 『日本近代建築総覧』というのは、全国各地にある近代建築、
つまり幕末や明治以降に建てられた建築を調査して
作ったリストなのです。その本がまとめられて、
今年で30年を迎えるのを記念し、近代建築に関する研究史を
振り返ってみようというシンポジウムが、
おととい東京で開かれたので行ってきました。

 Q3 近代建築が重要であるという動きが出てきたのはいつ頃からですか?

 A3 赤坂離宮とか国立博物館のように政府が建てた
公共建物は別格ですが、民間の建物では長崎のグラバー邸とか
神戸の異人館などの調査を基に「全国明治洋風建築リスト」が
1960年代に作られ、それが発展していく形で
『日本近代建築総覧』がまとまるのが1980年です。

 その『建築総覧』では、全国でおよそ1万3千件の
建物がリストアップされ、そのうち3千件ほどに
「おすすめ品」として○がつけられています。
そのことが、同じ復興小学校でも明暗を分ける結果を
招いたとも言えますが、『建築総覧』を作る際に
きちんとした調査をせずに○をつけると問題が
おこるのではないかという反対意見もあったということです。

事前のランク付けは重要なものを残すためにやるのですが、
開発する側の安易な判断を招きやすくなるという
難しい問題も抱えています。

 Q4 近代建築の保存運動としては、
どのようなものがあったのでしょうか?

 A4 早い方では、東京でフランク・ロイド・ライトが
設計した帝国ホテルや丸ノ内にある三菱一号館の保存問題は
有名です。1968年、69年頃のことです。    

帝国ホテルは、結局建て替えられ一部が愛知県にある
明治村に移転されました。また三菱一号館の方も、
壊されてしまいましたが、40年立ってまったく同じ建物を復元し、
美術館として今年の4月にオープンしました。
40年前は壊した方が経済性に合うと判断したのに、
今度は高層の建物の新築とともに復元する方が
企業イメージがアップし、経済性にも見合うということ
ですから世の中も変わってきたものだとつくづく感じます。

 Q5 近代建築に関する評価も変わってきたということですが、
それは何時頃からのことですか?

 A5 国鉄がふる里路線のディスカバージャパンの
キャンペーンを始めたのが1970年ですが、
昔からの町並みを保存しようという伝統的建造物群保存制度が
1975年に作られます。中山道の宿場町妻籠など
近世に栄えた町並みを伝えているところが多く
選ばれていますが、神戸の異人館街のように
近代になって出来上がった町並みも対象になっています。

神戸の異人館街は1981年に重要伝統的建造物群保存地区に
選ばれましたが、その頃から建物は単体として
価値を評価するだけではなく、周りの環境の中で
評価すべきというふうに学会の考え方も変わってきました。
つまり洋風の建物が一軒だけあるよりも、
何軒もまとまった洋館街という景観の中にある方が、
より価値が増すということです。
景観と建物の兼ね合いが大切なのは
ヨーロッパに旅行して美しい町並みを見みれば、
すぐに分かりますが、ヨーロッパまでいかなくても、
東大寺や春日大社などがある奈良公園の一角にある
奈良国立博物館を訪ねれば、明治健築が古都
奈良になじんでいることが分かります。
奈良博では今、正倉院展が開かれており、
私も今年は久しぶりに正倉院展を見に行ってきました。

 それにつけましても東京中央区の明石小学校の場合は、
周りは聖路加病院、築地教会があり慶応大学、
立教大学などの発祥の地という歴史的環境に恵まれたところだけに、
学校建築に大きな足跡を残した復興小学校の校舎が残ること
になっていればと悔まれます。

 都市の記憶を将来に伝えていく上で
重要な近代建築の公共建物をどのようにして
保存していくか大きな課題です。

posted by 中村 at 14:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 明石建て替え関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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