2010年01月17日

復興小講演会に行ってきました!

藤岡洋保先生による
「復興小学校を語る――市民に優れた公共建築を――」
という講演会を聴きに行きました。

記事にもいたしましたが、復興小学校といえば藤岡先生、というくらい
復興小学校研究の第一人者でいらっしゃいます。
論文はいくつか読ませていただきましたが、
お会いしてお話を聞くのはもちろん初めて。楽しみにしていました。

先生は私のビシッと7・3でスーツ、という想像(すいません)と
全く違って、とってもオシャレでダンディな方でいらっしゃいました。

それはさておき、講演の内容です。

前半は、関東大震災時の政府の政策などについて。
ここで興味深かったのが、当時の人事のお話です。
昔はある権力を持った人が、この当時は佐野利器(としかた)というひとでしたが、
帝国大学の卒業生の人事を全部決定する、というシステムだったという話。
就活って…なかったんですね。
ですから、この佐野さんという方が、関東大震災の時に建築関係に
沢山のエリートを登用したということなのです。
それがあってこそ、112校なんて半端ない数の鉄筋コンクリート造小学校を
建てることができたということなんですね。
これには東京市の市長も「復旧ではなく、復興」という言葉でバックアップしていたようです。
こういう、「壊滅状態になった東京を、昔以上に良くしてやろうじゃないか」という
アツい心意気を持った方々がトップにいたからこそ、小学校を含め、東京は「復興」できたのですね。
プロジェクトX的な話に弱い私としては、これはグッとくるポイントでした。

後半はいよいよ復興小学校についての詳細な話になっていきます。

藤岡先生は「復興小学校はデザインの特徴よりも
機能面や安全面での質の高さに注目すべき」とおっしゃいます。
「第一には校舎竝(ならび)にその内外の設備について、何よりもその使途の点に重点を置き、
苟(いや)しくも、外形から出発することを避ける」という基本姿勢が
「建築学会パンフレット『東京市の小学校建築』」に書かれているからです。

つまり、
小学校建築にあたってまず第一に考えるべきことは、いったいなんだろう。
…ということ。まさに原点です。

他の用途の建物ならともかく、小学校というのは、児童が学ぶための場所です。
だから間違っても見栄や大人のエゴで建てるものではなく
いかに児童にとって肉体的・精神的に安全で衛生的であるか…
というのを第一に考えるべきなのだなぁ、という
とても単純なのに、うっかり忘れてしまうようなことに改めて気付かされました。

冬至の日の照射角度とか、黒板が光って見えなくならないかとか
教室の奥のほうが暗くならないようにするには…とか

そこまでも!というくらい考えてくれていたのです。

実はこの間、母校を訪問しました時、
ちょうど聖路加側からコの字の校舎すべてに、おひさまの光が降り注いでいました。
それを見て、一緒にいた卒業生が
「ああ、これ、ちょうど授業中に全教室に日が当たる方角を考えて建ててくれてたんだね」
と言いました。
その時初めて、あの明るかった教室は、当然だったわけではないのだ、と、気づきました。

お母さんが毎日おうちでご飯を作って待っていてくれるのが当然と考えている子供にとって、
同じように明るい教室で勉強できるのは当然だと思うのはしかたないとして、
大人になった今では、その「当然」を作ってくれていた苦労のほうに
敬意を払うべきというか、自然と頭を下げたくなります。

今の小学校建築のことは知りませんが、ここまで児童第一で作っているのでしょうか。

それと、面白かったのは
「それでも規格が同じで外観も同じ建物ばかり作るのはつまらない。
だから若い建築家たちは規格の中でいろんなデザインにチャレンジしたのだろう」
という話。
たとえば私たちが学生の時、校則をいかにかいくぐってオシャレをするか、
という知恵を働かせたものですが、それに近い感じでちょっと微笑ましく思えました。
そういう、規格がある中でのデザイン性というのが復興小学校の魅力なのかもしれません。

もっといろんなことを書きたかったのですが、とりとめなくなりますのでこの辺にします。
とても有意義な講演会に出席できて、嬉しかったです。

藤岡先生、ありがとうございました。

posted by 中村 at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 明石建て替え関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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