2011年08月30日

2011年08月29日のつぶやき

akashi77 / 中村敬子
昨日、今は無き明石小学校校舎の誕生日で、意図した訳ではないけど小学校時代の幼なじみ達と久々に会いました。明石校舎の話も沢山出ました。そして夜、知らない復興小学校を見に行く夢を見ました。夢の中で小学生達に、この校舎を大切にしてあげてねと言うと、神妙に頷いていました。 at 08/29 18:25
posted by 中村 at 00:01| Comment(4) | TrackBack(0) | 保存活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
何だか切ない夢ですね。
読んでいて涙が出てきちゃいました。
昨年は明石小学校のお誕生日を滑り込み、一緒にお祝いしたのにね。
何が正しかったのか、きっと歴史が明らかにしてくれます。
Posted by satoko at 2011年09月06日 00:11
この日あった幼馴染の中には、
すでに壊され始めた後にこの活動を知ったという音信不通だった女性もいて、
彼女は、私たちのHPを見て夢の中によく出てくる場所が
明石だったと思いだしたそうです。
(ちなみにあの水飲み場と階段のアールのところです。
あそこはやっぱり印象に残るのですね。)
「せっかく思い出すことが出来たのに、
実物が見られなくてとても残念」と言っていました。
音信不通だった彼女と引き合わせてくれたのも明石小学校なのですよね。
これからも、同級ではなくとも彼女のような人はたくさん現れると思います。
ですから明石のあの校舎が忘れ去られることのないように発信し続けて、
またまだ残る兄弟分の復興小たちも出来る限り守っていけたらいいですね。
Posted by 中村 at 2011年09月12日 11:42
読んで泣きました。今でも校庭のアスファルトの感触、図工室の空気感、注射の前のドキドキの廊下・・・色んな事を思い出せるのにもう二度とあの校舎に入れないんだもんね。けれど、こうして沢山の思い出を語り合える友達と知り合えたことは私にとって財産です。明石小のおかげです。明石小の誕生日に大切な友達と再会出来た事もこれからもずっと忘れないでしょう。ありがとう。卒業生みんなの心の中に明石小が生き続ける事を願います。
Posted by あけみ at 2011年09月16日 22:21
あけみちゃん、コメントありがとう。
あけみちゃんが見に行った時にはすでに防音壁に囲まれてたのだっけ。
内部をぜひ見せてあげたかったなぁ、昔のままで全然変わらなかったですよ。
雨漏りがするとか、そういう設備面の老朽化はあったようだったけど、
見た目は本当に驚くくらい変わってなくて、汚らしいとか古ぼけたとかいう印象がなかったの。
もしもそんな風になっちゃっていたら、「ああ、もうこれなら仕方ない」って思えたのだけどね。。。
あけみちゃんの言う通り、あの校舎で学べたこと、みんなと会えたことは本当に財産です。
そしてこの活動でこうしてまた再会できたことも、
変な話めったに会わない親族がお葬式で集まってまた身近になるというのと同じような、
明石校舎が最後にくれた贈り物なのだろうなと思っています。
Posted by 中村 at 2011年09月21日 12:31
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