2010年12月10日

ホームページをリニューアルします&ご署名終了のお知らせ


皆様こんばんは。
最近はご無沙汰がふつうみたいになってしまって申し訳ありません。
お元気でいらっしゃいますか?寒くなりましたね。

先日のイベントにお越しくださった方々、ありがとうございました。
多分最後のイベントだったと思うのですが、
多くのみなさまの温かいお言葉に
泣きそうになることもたびたびでした。

明石が壊されてしまってからも足を運んで下さるんですから
本当にありがたいことです。
ごめんなさい、と心の中で皆様にいっていました。

区切りとしてのイベントも終わったことですし、
ネット上のほうもけじめをつけなければいけません。
ホームページ。いまだに「署名募集」はないですよね…
本当に放置しっぱなしで申し訳ありませんでした。

素人が勢いで作ったページゆえ、どこからどう変えてリニューアルすればいいものやら
しかもタイトルとかも変えないといけないだろうしー、なんて考えてたら
あっという間に12月になってしまったので
慌ててトップページと「署名募集」関連だけ変えてみました。
(右側のリンクから見られます)

実は解体始まってからもご署名を下さる方がいらっしゃり
(まったくもって私の不精のせいで申し訳ありません)
せっかくくださったご署名ですから責任もって提出に行かなければとも思い
そして最終的な数字もみなさんにお知らせしようと思います。
ホームページ上で、整い次第ご報告いたします。
それと共に、(HPにも書いていますが)皆様の大切な個人情報も
責任を持って処分させていただきます。
(メルマガに登録されている方はそのまま今後も送らせていただきます。)
見ず知らずの私に大切な個人情報を開示し、
明石の保存のために協力して下さった方々には本当に感謝いたします。
ご友人やご家族など呼びかけて下さった方にも、どうぞお伝えくださいませ。
そして…ごめんなさいと。

私たちの活動は形を変えてまだ続くと思います。
明石はなくなってしまったのですが、明石の記憶を残すこと、
また、他に残っている復興小学校たち、全国の学び舎たちを
救う一助になればという気持ちで
HPをリニューアルし、私たちの活動の軌跡や、
学び舎のデータなどを紹介していきたいと思います。

明石が結んでくれた御縁ですから、どうぞ今後とも
たまに足をお運びくださいませ。

今までご支援ご協力、本当にありがとうございました。

明石小保存を望む会代表  中村敬子



2010年11月12日

明石イベントのお知らせ

すっかり寒くなってきましたねー。
皆様お元気ですか?

最近は、淡々とメディアや議会の報告のみをしてきました。
私自身の気持ちや言葉を書くのを、敢えてやめていました。
なぜかは、お分かりになってくださるでしょう。

応援してくださった方々に、ずっと希望を捨てないようにと
お願いしてきましたし、私自身も最後の最後まで、
ひょっとしたら解体されないかも、解体がストップするかもしれないという
何の根拠もない希望を捨て切れなかったから、

「明石小学校は、解体されつつあります。」

と、皆様に知らせることが怖かったし、
いいたくなかったし認めたくありませんでした。

何と書けばいいのか言葉も思いつかず
放置状態にしていました。申し訳ありません。

しかしずっとこのまま逃げていてもしかたがありません。
そうしている間にも日々着々と明石は、瓦礫になっていきます。
84年前の、ほこりとともに。

そこで、最後のイベントをすることに決めました。

「あれ、そこって何が建ってたんだっけ」
銀座・京橋地区を歩いていると、よく思います。
工事の囲いがしてあって、その先にポカーンと空いた空が見える。
「何が建ってたのだったか…確か、いい感じのビルだったよなぁ」

そのうち、そこには隣にあるのと似た、何の変哲もないビルが建つ。
そうすると、「そこ」が「どこ」だったかすら、分からなくなってしまう。
そのうち、「そこ」の記憶がなくなる。

東京では、こんなことが日常のようになってしまっています。
そのことが寂しい。明石がそうなってしまうのが、さびしい。

卒業生の私たちの心のよりどころとして、ずっとそこにいてくれた明石小学校。
これから先、卒業生が振り返った時、明石校舎を愛してくれた方々が振り返った時
そこにもう、明石はなくても、せめて小さな灯だけは残したい。
ここには、あの明石が建っていたのだと、思い出せるように。

「なくなれば、記憶も消えてしまう―明石小学校と、復興小学校の今」
チラシ(コンセプトなし)
チラシ(コンセプトあり)
【第一会場】
つきじTASSぎゃらりー若松屋
東京都中央区築地6−12−13
開催日時(日によって違いますのでご注意ください)
11月20日 12:00〜18:30
11月21日 11:00〜18:00
11月22日 11:00〜18:00
11月23日 11:00〜17:00

【第二会場】
銀座奥野ビル ギャラリー403
東京都中央区銀座1−9−8−403
11月21日 12:00〜18:00
11月23日 11:30〜17:30

チラシはご自由にダウンロード、配布ください!むしろお願いします!
第一会場、第二会場の展示内容は多少変える予定ですので
ぜひ二会場とも遊びにいらしてくださいね。

今まで応援してくださったみなさま方への
ご恩返しになるようなイベントを目指して一同がんばりますので
どうぞよろしくお願いいたします。

最後に。
せっかくみなさまに助けていただいたのに、力が足りず、
大切な明石小学校を守ることが出来ませんでしたが
多くのみなさまにこの校舎を知っていただき、
その価値を感じていただき愛していただけたこと、
またそのお気持ちに触れることが出来たことは
私個人としては、かけがえのない、一生の宝ものです。
自分の母校が、これだけ多くの人に愛されていたと知る機会は
そうそうあるものではありません。

あの校舎に敬意と愛惜を以て
最後まで向き合ってくれる方が沢山いるということ。
それを知れば知るほど、残せないことの悔しさ悲しさもひとしおですが
同時に、感謝と救いも得られます。

前と同じように、前以上に、あの校舎に言ってあげたい。
あなたは、愛されていると。

負け犬と言われようと何と言われようと
私は、誇りを持って言います。
あの校舎は、要らない建物などではなかったんだと。

私にそう言わせてくれるみなさまに、心から感謝いたします。

11/16加筆
チラシの情報に一部誤りがありました。大変申し訳ありません。
つきじTASSぎゃらりー若松屋の電話番号の下4けた
0214は誤りで、正しくは03-3541-0124です。
ここにお詫びとともに訂正いたします。
間違い電話先が使われていないことを祈るばかりです…

2010年10月25日

9月22日中央区議会一般質問(続き)

またまた遅くなりまして大変申し訳ありません。
先日アップした鞠子議員の一般質問の後半、再質問の部分です。

鞠子議員
「それでは、再質問します。平成十一年に泰明小等が指定された、東京都歴史的建造物、ということで指定されたのは平成十一年のことだ。その時点で、復興小学校が区内にあることは十分承知している。そういう指定を受ける価値のあるものが二校あったということがあった、平成十一年ですよ?なぜその時点から、復興小学校全体についての文化財的価値の評価をする、そういう作業をしなかったのか?文化財保護審議会、私の質問(平成)18年から22年の4年間は、一度もない。それ以前もなかったという話だ。つまりそういう区自身や教育委員会の文化財としての復興小学校の位置づけを、全く認識を欠いていた、その中で、新築改築計画が進んだという、そこが、今広く問題として明らかになったのではないでしょうか。そのことについてはいったいどのように反省をしているのか。文化財についての認識は、そうであったとということについてはどう思っているのか、お答えいただきたいと思います。平成元年のことから二十二年経っています。当時はまだ、区民、議会、行政の間でも、今日のような復興小学校の文化的価値の重要性の認識は広くなかったと思います。当然、現時点で認識の発展が二十二年間で研究の側でもあった。そしてそれを指摘する、指摘される側でもあった。住民の中にもあった。こういうわけですから、そういう到達している直近の、到達点に立って文化財としての復興小学校を位置づけた改築計画を行うべきではないでしょうか。お答えください。それからリノベーション案のうちで検討したというのはいつ検討したのですか?さまざまなリノベーション案のうちのこれは一つに過ぎません。本当に重要文化財を保存改築して、保存活用するという立場に立つなら日本建築学会は全面的に協力と言ってるんですよ?最新の技術、建築技術も含めて、日本の最も権威のある団体が全面協力をすると言ってるんです。(望む)会の出したリノベーション案はその一つです。それならば、本当に本格的に日本建築学会などの協力を得て、耐震性の問題、コンクリートの問題、施設配置の問題等も含めて、日本のいわばトップの知恵と知識を持った、そういう専門家の協力を得れば、リノベーション案が優れたものが
出来る可能性があるのではないでしょうか。私は明治生命館も行きました。高島屋も行きました。明治生命館のリノベーションは日本建築学会賞を受賞しました。受賞した人は民間の三菱地所の設計部などの民間の人たちです。こういう事例もあります。今の技術は、あらゆる面で保存活用する技術が進んでいます。その点で本格的なリノベーション案をいつ検討したのか?してないとすれば今後やっぱりそのことをしていなかったことについてどのように思ってるのか、再度お答えいただきたいと思います。」

矢田区長
「どうも…鞠子議員の、再質問、に、お答えいたします。まぁあの、復興小学校、117あったんですよね?えー117。あーそのうち、本区に、この、7校あると。今全体で10校ですか。えー残ってる。このことはあの…まぁ…本区でね、7つもあるということ。これ幸せであって。
建築学会、建築学的見地からもですね、いろいろと貢献できているなと。こういう風に思うわけで…ありまして。無論、反省点も、無きにしも非ずで、さまざまな点でね、あの…今後の……ですから、えー、泰明や、常盤小学校の…まぁ、への対応とかなんかに、大いに生かしてまいりたいと。こういう風に、今、既存のですね、他の四校に対しても、この、教訓として、えー行きたいと、こういう風に、思っているわけで、ございまして。えー建築的価値、は、あの、じゅうぶん、これからも…尊重してまいりたい。えー、という風に思うわけでありますが。反面あの、教育的かんち、見地ですね、これも私たち、忘れてはならないわけで、ございまして、えーいよいよ、国のほうも、30人学級35人学級…を進めようではないか、という意向も報道されているわけですね、えーそういうのに、今の、学…この校舎のですね、この教室の数で、充分なのかどうか、あー、またバリアフリーも充分でない、えーこの、なんていいますか…車いす用のトイレもない、というのもお聞きしてるわけでございますし。えーまた、校庭、えーあるいは講堂ですね、体育館。こういうものも、どんどんどんどん、この、広がると。こういうことで、ありましょう。教育的かんち…え、見地ですね、観点、こういうことも私たち忘れてはならない。まずは、あのー、学校、ということ。これはもう子どもたちの…幸せを第一に、考えて、進めて、いるわけでございまして。えー建築学会がいわれること、これも、じゅうぶん尊重してですね、これからも、対応してまいりたい、えーこういう風に思っているわけであります。まーあの、明石小学校。…作られて84年ですか、経ってる。うーん、建築的価値は高いんでしょうということが、あーわかったというのは、あの、ギリギリになって分かったということで、これはあのちょっとね、わたくしとしても区長としても、まことに残念に思うわけでございまして、もう少し早ければねぇ、あの、もっともっと区議会の皆様と一緒にね、えーこの、対応できたんじゃないかなぁ。84年目でようやくわかったっていうのもね、いかがなものか、あ、いかが、とは申しませんけれどもね(笑)あの、それはまぁやむをえない、であったんでしょうけれども。おーあれですねぇ、もう少し、このね、早く、この…素晴らしいんだよ、ということを、一言、いっていただければねぇ、あの、良かったんではないかなあ、こういう風に思うわけで、ございまして、まぁあの…これね、平成元年、地域の皆さんと我々の悲願であるんだと、いうこと、で請願も出た、わけでございますね。あの当時、もう……生徒の数、380人以上ですかね。おられた。だから今より多い、だからあの当時作っても良かった、改築しても良かった、でありましょうけれども残念ながら、この人口がどんどんどんどん、なんとこのころは八四〇〇〇人ぐらいいたんでしょ?それが七一〇〇〇までバーンと落ちる。で生徒の数もどんどんどんどん、一二〇人くらいですかね。まで落ちた。それがようやく今、どんどんどんどん増えて一八〇人ですか、えー超す。そういう風になってようやく時機到来だな、ということで、今、(??聞き取れず)から幼稚園の数もどんどん増えてる。こういうことで、区議会の皆様方の、ご理解地域のみなさま、そしてPTAのみなさまの要望をしっかりと踏まえてね、この、行っていくというところでございますのでね。どうかご理解願いたい。こういう風に思いますが先月もあの…PTA、の皆様、また、各町会の皆様がた、と、お話致しました。えー、この、反対、絶対反対だっちゅうのは、うん、あの、幸せなことに、お一人もおられませんでした。えーそういう意味でもですね。だんだんだんだん、ご理解を受けつつあるなぁ、とこういう風に思っているところでございますので、どうか、えー…この、ご理解ご協力のほどをお願いするところであります以上です」

注:区長の答弁の最後にあった、改築準備協議会は、
「改築準備懇談会」となって、協議会メンバー以外は傍聴できませんでした。
従ってどんな話し合いだったかは出席者以外全くわかりません。

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