2010年11月18日

東京新聞で紹介されました!

東京新聞さんはずいぶん明石の記事を書いてくださいましたねぇ。
今回はこの週末からの写真展の記事と、
中央小の保存活動団体の記者会見の模様の記事です。

「残る復興小守る"糧"に」

明石の写真入りです。
下の美しい明石は残念ながら、もう、ありません。
上の写真以上に解体は進み、瓦礫の山です。

昨日夢を見ました。
この瓦礫を歩く夢でした。

まるで震災の後?戦争の後?のようでした。

今までの夢では、校舎がケーキみたいに切り取られるとか
現実的ではなかったのですが、
昨日のあの瓦礫は、夢だけど現実なのだと思うと、胸が痛みます。

でも、現実とも向き合わなければいけませんね。
なぜ、明石小学校が壊されなければいけなかったのか…
しっかりと考えていくべきでしょう。

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2010年03月27日

復興小が丈夫なワケ

リノベーション模型が登場したことによって、
建築家さん(または建築関係者のかた)たちのお話がたくさん聞けました。

その中で興味深かったお話が「昔のコンクリートが丈夫なワケ」です。

ウケウリ的に、「昔のほうがコンクリートの質がいいんです」と
今まで私も何度かこういう場で書いたり言ったりしています。

知っていたのは文字通り、質が良かった、すなわち
「川の砂利を使っているから上質」ということ。
これは、海の砂利を使うと塩分が混ざって、塩分が混ざると
鉄筋がさびるとか?とにかくコンクリートの質が落ちるのだなーというイメージ。
(ちなみに現代は、川砂利100パーセントは難しいとか)

今回建築家の方々のお話を聞いて、丈夫なワケはそれだけじゃないと知りました。

当時はミキサー車がなかったから、現場で材料を練り練りしたそうです。
これが丈夫なもう一つの理由。

手作業。

イメージ的に、工場で作ったケーキよりも、
職人の手作りのケーキのほうがおいしいっていう感覚で
なんか無条件によさそうに感じてしまうのは私だけでしょうかバースデー

ミキサー車で大量に混ぜるとなると、
手で混ぜるよりも水分を必要とするので、質が下がるという理屈だそうです。
手で必要な分だけ混ぜて作れば、水分は適量で済むわけですね。
水が混じる量が多いと、それだけ密度が落ちるということかな?

さらに現代のミキサー車は、交通渋滞などを考えるとその間に固まっちゃったら困りますので、余計水を足してるそうです。

さらに、明石小学校の場合はコンクリートの打ちっぱなしではなく
その上から漆喰を塗っているので、コンクリートの中性化も防げていると思われます。
コンクリートの中性化というのは、実はまだよくわかっていませんが、
10年に数ミリレベルで、アルカリ性のコンクリートが中性化していく現象のことで、
これが鉄筋まで達すると酸性である鉄が膨張してコンクリートがひび割れるとか。
10年に数ミリでしたら、現在そんな心配は全くないと思われます。
(もちろん区の耐震診断で、こういうことも診断していると思いますし)

それと、「当時はコンピューターの計算やシミュレーションができなかった」というお話も面白かったです。

これって、すごいマイナスみたいじゃないですか?
計算できてる現代のほうが安全な建物が出来るよね、って思います。

ところが、ここからが面白いところ。
計算できるようになると、安全のために「最低限」必要な数値というのがわかってしまいます。
当然、コストを下げるためにはコンクリートもこの「最低限」に近い量しか使わないわけです。

ところが、計算できなかった戦前の建築は、
「これくらいやれば充分安全だろう」と安心できるまで、最大限の量を使ったわけです。
確かに、運転に慣れていないひとは車間距離を必要以上にとるでしょうし
裁縫に慣れていない人は縫い代を多めに取りたがります。
多いほうが安心できるからです。これって人間の心理ですよね。

良質なコンクリートをふんだんに使うことで、堅牢な復興建築が出来たわけですねぇ。

最後に、ある方の言った印象的な言葉をご紹介します。

「あとは、あの時代の気合がこれだけのものを造らせた。今では出来る筈がない」

おっしゃる通り、やはり人が作るものは、魂が宿ると言いますから。
あまつさえ現代よりもよりハンドメイド感あふれる建築です。
震災経験者の「絶対倒れないものを建ててやる!」という気合が、
現代では一番再現し得ないものなのかもしれませんね。

posted by 中村 at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月26日

第三回写真展終了しました

そうそう、いい忘れてましたが、
先週末の日経マガジンに、復興小学校の記事が出ました。
私も取材を受けましたので、少し話が出ています。
日経マガジンは、日経新聞の宅配の契約をしている人しか
読めないのですが、一ヶ月分ならストックがあって、
郵送してくれるという噂ですので、
見てみたい方はお早めに日経新聞社にお問い合わせください。

この日経マガジンと、NHKの効果もあってか
(ご覧になりたい方は、現在youtubeで「明石小学校」で検索すると、いくつか引っ掛かります。)
最終日の今日、寒い中お客様もたくさん来てくださいました。
twitterで知り合った、元町公園の保存を頑張った方
(のど飴ありがとうございました。感激しました)
中央小の建て替え再考の運動を始めたという方
(近々署名のメール受け付けもするそうです。その際にはまたご紹介しますね)
毎回写真展に来てくださり、今回は「明石の建築に岡田信一郎が関わっているかも説」を詳しく調べてくださった方
(あくまでも「かも」の世界ですが、「監修」とか、そういうかなり上の部分で関わっていたかもしれないとのこと。スケッチ描くくらいはしたかも、とのことでした。ロマンですねぇ)
そしてPTA会長様も来てくださいました。
リノベーションの模型に興味を持ってくださって、話をお聞きくださって、
今回スタッフで活躍してくださっている建築家の方も張り切って解説してました。
寒い中、長い間お話を聞いてくださってありがとうございました。

具体的に出来ることと出来ないこと、さまざまの選択肢などは
私を含め、建築に疎い人間にとってはイメージしづらいし、教えてもらわなければ当然わからないことです。

よいものを残す、または作る、どちらにせよ、情報がなければ
私たちは判断のしようがありませんし、参加の仕様がありません。
公共の建物なのだから、保護者や近隣住民の方が、作る段階からもっと関わっていく必要があると思います。
私たちの提案はリノベーションですが、みんなで、良いものを作った!と思えるならば、
たとえばリノベーションじゃなくて新築だったとしても、遺恨はないはず。
後世に誇れますよね。こんないいものをこんな風に残した、こんな風に建てた、どちらにせよ。

今後も、またこうしてリノベーションの模型と共に
建築の専門家の方々の解説を聞けるような場を、沢山設けていきたいなと思います。

posted by 中村 at 02:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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